ストーリー

『ちょびっツ』の物語は、出会いから最後の選択まで、いくつかの大きな流れに分かれています。

1

1〜2巻

出会い

すべては雨の降る夜に始まる。大学受験のために上京したばかりの田舎育ちの青年・秀樹は、ゴミの山に捨てられたパソコンを見つける。ほとんどすべての家庭が一台は所有しているこの世界の日本において、それは本来贅沢品であり、新品を買う余裕などない秀樹だが、それでも単なる憐れみから彼女を家に連れ帰る。この機械は、彼女が発することのできる唯一の言葉から「ちぃ」と名づけられるが、他のパソコンとは違う存在であることがすぐに明らかになる。過去を思い出すことができず、アクセス可能なハードディスクも持たない彼女は、世界を発見する赤ん坊のように、すべてを一から学び直さなければならない。この第一部はシリーズ特有のほろ苦い調子を確立する。風俗喜劇の裏側で(秀樹はアルバイトを掛け持ちし、隣人やクラスメートが彼の日常に次々と入り込んでくる)、都会の孤独や、物と人との境界をめぐる、より重いテーマがすでに顔をのぞかせている。秀樹とちぃの同居生活は、ほほえましい失敗と小さな勝利(覚えた言葉、身につけた日常の所作)を積み重ねながら、単なる所有者と機械の関係をすぐに超える絆を紡いでいく。この章はまた、謎めいた大家・日比谷ちとせが営むアパート、新保が教える私立予備校、秀樹がアルバイト先を見つける喫茶店など、シリーズの舞台と、8巻を通じてこの二人を取り巻くことになる主要な登場人物たちを紹介する場ともなっている。

2

3〜5巻

過去の影

秀樹とちぃの二人の関係が落ち着いた後、CLAMPは物語の枠を広げ、二人を取り巻く登場人物たちに焦点を当てる。それぞれがパソコンに対して異なる、そしてしばしば痛みを伴う関係を抱いていることが明らかになっていく。抜群の頭脳を持つクラスメート・国文寺みのるは自らの手で自分のパソコン「ゆずき」を作り上げ、あまりに強い愛着を抱いたあまり、あらゆる人間関係から距離を置くようになってしまう。彼の物語は、決して所有者に逆らわずプログラムされた機械への情緒的な依存という問題を正面から提起する。並行して、秀樹の恩師・新保広夢の過去の恋愛が、失われた恋を思い出させる女性との複雑な関係を通じて浮かび上がり、人間的な愛着と人工的な代替物への投影との境界をさらに曖昧にしていく。こうした鏡合わせの物語群を通じて、シリーズは「パソコンを人間のように愛することはできるのか、そしてその愛は同じ価値を持つのか」という同一の問いを多角的に描き出しながらも、決して一つの答えに収束させない。またこの章では、ちぃの真の正体をめぐる本格的な手がかりが初めて姿を現し始める――説明のつかない反応、蘇る記憶の断片、そして秀樹にとっても読者にとっても、ちぃがただのパソコンではなく、都市伝説が「ちょびっツ」と呼ぶ、あの伝説的な機械の一体なのではないかという確信が徐々に強まっていく。

3

6〜7巻

ちょびっツの謎

物語はついに、シリーズ最大の秘密――人間と同じくらい誠実で複雑な愛を抱くことができるとされ、社会が人工知能について知るすべてを覆しかねない伝説のパソコン「ちょびっツ」――をめぐって収束していく。秀樹の暮らすアパートの大家・日比谷ちとせが、この秘密の核心部分を握っていることが明らかになる。彼女は何年も前にこの種のパソコンと関わりを持っており、彼女の証言は、シリーズ冒頭からのちぃの謎めいた振る舞い――過去を思い出せないこと、口にできない言葉、自分でも制御できない反応――に新たな光を投げかける。秀樹にとって、この事実は何もかもを一変させる。ちぃを愛することは、もはや高性能な物への単なる愛着ではなく、喜びも危険も伴う、本物の恋物語である可能性を帯び始める。強い動揺の瞬間にちぃの頭部からケーブルが飛び出す、シリーズ最も象徴的なイメージが、ここで機械的な性質と本物の感情との緊張関係を体現する視覚的な象徴となる。この章はまた一種の切迫感も生み出す。ちぃが自分自身の真実に近づけば近づくほど、秀樹との未来はいっそう不確かに見えてくるのだ。これから訪れる結末の情緒的な土台がここに築かれる。

4

8巻

最後の選択

最終巻は、シリーズ冒頭から張り巡らされてきたすべての物語の糸を静かに結び直していく。自分の本当の姿とちょびっツの伝説が持つ重さを今や完全に自覚したちぃは、自分自身の未来だけでなく、秀樹の未来をも左右する決断に直面する――自分が本当は何者なのかを完全に理解した上で、それに伴うすべてを引き受けてでも、共に生きていくことを選ぶのか。CLAMPはこの結末を派手などんでん返しとしてではなく、第一ページから投げかけられてきた問い――人を愛するとはどういうことなのか、そしてその愛が成り立つために相手は必ず人間でなければならないのか――に対する論理的な帰結として描くことを選んでいる。脇役たち(みのるとゆずき、新保、弓美)もそれぞれの物語の糸を締めくくり、それぞれのやり方で、パソコンが自分の人生に占める位置との折り合いをつけていく。単なる技術がもたらすおとぎ話には終わらず、この結末はその出発点に内在するほろ苦さを最後まで引き受けている。誠実な愛の約束があっても、人と機械という本質的な違いがどれほど非凡な存在であっても完全に消えることはない。この結末そのものよりもむしろ、この誠実さこそが読者の心を打ち、チョビッツをCLAMPの作品群の中でも、本来の青年誌読者層をはるかに超えて最も語り継がれる作品の一つにしている。